2013.8.18

アメリカ型鉄道模型・連載コラム『モデルライフ』 Vol.70

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いつまでも寒さが抜けない東京ですが、それでも庭の諸処に芽吹きが現れはじめ、向かいの武蔵大学の森からは鶯のさえずりが聴こえてくるようになりました。地下のD&GRNにもドアの隙間からでしょうか、それが伝わってきます。

先週からにわかに「お祖母ちゃんち下の切通し」の草植えに興が乗ったのも、そうした自然環境のささやきが影響しているのかもしれません。まさに「今日の農作業」(昔、そういう番組がありました)ですね。

今週の写真は今日(3月22日)現在の植え込み状況ですが、先々週にお届けした写真を保存していらっしゃる方は見比べていただくと、密植が微細な影を生むことで、風景がいかに立体的になるか、がお分かりいただけると思います。

こういう切通しは国内でもよく撮影に利用しましたので、草を掻き分け、登っていった記憶が身体に残っています。デンヴァー郊外でリオ・グランデ・ウエスタンの本線がいよいよロッキーに取り付く馬蹄形カーヴの辺りもこんな、背の高い目の草むらで、そこからいきなり鹿が飛び出してきていました。そんな凹凸感や粗密感を思い出しながら植えていきました。

自分でもこうして写真に撮ってみると、また肉眼とは違った視点でいろいろ気がつきます。「ああ、あそこがまだ植え足りないな」とか「ここがまだ単調だ」とか‥そうしたチェック機能としてはデジタル・カメラは有効です。

今回、初めて使ってみたのはドイツ、ヘキ(Heki)社の新製品で、「ストラクツルグラス(発音は例によって?/Strukturgras)」。これは一面の下草の中に背の高い草むらがアットランダムに盛り上がっている、という構成で、それらが黒土色のネットに植えてあり、さらにその下に、地生えの細かい草を表現したマットが敷いてあって、それらの色が透けて見えたり重なったりして、複雑な色を醸し出している、という、大変凝ったものです。

ドイツ製のこうした「草マット」はノッホにしてもブッシュにしても、ファーラーにしても、プラスターやボードの上にグランド・カヴァーを作らずに、直接貼ることができるものですが、このヘキの新マットはそれをさらに進化させたものといえましょう。

こうした背の高い野草は、たとえば日本ではススキがそうですが、自分の葉の枯れた腐葉土の上にまた芽吹きを繰り返すため、根元自体がちょっと盛り上がっていくものです。このヘキの新マットはその感じがよく再現されています。色の取り合わせは4タイプありますが、今回は初夏っぽいNo.1800というのを使ってみました。

今回の植え込みではマットそのままの広い一面で使うのではなく、鋏を入れて細かく切断し、ところによっては下段のマットも外して使いました。

もちろん単独ではなく、先週基調として植えたウッドランド社の「ブッシェズ」に加えて、ミニネイチャー・ブランドの諸製品、それから最近ミニネイチャーの「プレーリー・タフツ」シリーズをまねて出てきた「グリーン・ライン」ブランドの「苔の一群」、「草の束」も混植しました。

「グリーン・ライン」の製品も昨年の暮以来、何回か使ってみましたが、ベースのかたちが「円形」とか「わらじ型」という定型で、大小のバラエティーも少ない事が分かりました。ですから、この社の製品ばかりに頼ると、「野性」を表現しようという割には人工的な感じになってしまう危険がありそうです。このあたりはマット物から研究を積み重ねてきた「ミニネイチャー」がまだまだ先を行っているように思います。結局、シーナリー・マテリアルには一社の製品だけで充分、ということはないのです。むしろ各社製品の弱点こそよく把握して、それを他社製品も併用することで補いあう、というのが正しい選択と思います。

それにしても、ヨーロッパでは一段の車社会化と不況で鉄道模型人口が激減している、という中で、レイアウト関係メーカーが生き延びるための新製品研究を熱心にやっているのは感心しますね。対米輸出というマーケットが頼りの綱となっている切実感を持っているからでしょう。米国側でも老舗問屋のウオルサーズや新興のシーニック・エクスプレスなど、ヨーロッパのメーカーとの提携を熱心にやっています。

そこへいくと、日本の鉄道模型業界は生産、流通共に相変わらず車輛製品頼み、ぬるま湯にどっぷり漬かって安心している感じですね。オーナーばかりでなく、問屋の営業マンにしても店頭の販売員にしても、単価の張る車輛製品を売らないと手柄にならない、という観念が強いからでしょう。だからレイアウト用品を真剣に研究しようという空気に業界全体がなっていかないのです。「レイアウト用品はどうせ大した売り上げにならないから、一番安いものをかたちだけ並べておけばいいや」という模型店がほとんどでしょう。

数年前ですが「ホビーセンターカトー」で日本総代理店になっているウッドランド社のトンネル・ポータルが在庫切れのままなので店長(もう交替した人ですが)に再入荷はいつごろか訊いてみたところ、「松本さん、日本でNゲージのレイアウトを造る人はそんな高い品は買わないんですよ。国産のポータルなら250円か、そこら。それさえあれば間に合います。そんな1000円ちかいポータルなんて必要ありません」という答えが返ってきました。

たしかに初めて買う人は250円の品で充分と思うかもしれません。しかし、一度レイアウトを造ってみると「トンネルの出口はやっぱり見せ場だな」ということに気がついて、もっと立体感のある、ウエザリング効果も出る、高級なポータル(といっても小売で1000円かそこいらで、ふつう何10個といるものじゃありません)に替えたい、と思うかもしれないし、またレイアウト用品で商売をしようとする販売員ならお客とのトークの中で、そのように誘導していくべきでしょう。

デパートの婦人化粧品売り場の販売員を御覧なさい。口紅1本買いに立ち寄った客にも数万円の化粧水の効果を説明して、より高いステージに引き込もうとします。つまり、客に(土台に関係なく)、よりハイグレードな夢を見させることに全身を傾けている訳です―そこへいくと、近ごろの模型店の販売員の無愛想なこと!なるべく客と目が合わないようにしている。もっともちかごろでは目が合うとヤバイ客が多いのも事実ですが‥

つまり、このホビセン店長のように、自分の方でレイアウト製作をやりたい客に商品グレードで網を被せてしまうというのは、模型店販売員の世界ではレイアウト製作というのが如何に低くしか意識されていないか、ということでしょう。「レイアウトなんて適当でいいんだ、車輛ほど手間隙も金も掛けるもんじゃない」と思われているのでしょう。

このホビセンの店長の言葉を聴いて、「ああ、店長がレイアウトに関してこの程度のセンスでは店員教育などするはずもないし、アンテナショップとして本社の企画やトップに積極的な声も上げないだろうから、カトーにはレイアウトに関しては劇的な展開は期待できないな」と感じました。その後も時々覘きますが、年々品揃えは売れ残り品ばかりの中途半端になるばかりです。(日本総代理店だというウッドランド製品でもベーシックな材料に在庫切れが多く、いつ入荷するか訊いても販売員は「わかりません」の一点張り)レイアウト用品に関してトミーテックにどんどん水をあけられていく理由がよくわかります。

いま全国の模型店販売員に「ジョン・アレンを説明しなさい」といって答えられる人が何パーセントあるでしょうね?

それどころか「鉄道模型は初めてだが、レイアウトを造りたい。トンネルはどうやってつくるのか?」という客を店頭で迎えて、具体的な商品をそこへ出しながら製作手順や注意点を解説できる販売員が果たしてどれほどいるのか?

しかし、自分の前に並んでいる商品の使い方を説明できない販売員って不安でしょうね。客と目が合わないようにしている理由も分かります。