アメリカ型鉄道模型・連載コラム『モデルライフ』 Vol.54

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先週ご報告したように、D&GRNではクレメンタイン村の入口カーヴが所期のところまで仕上がったので、「さて、次は何に掛かろうか?」と、ちょっと頭が空白期です。

私の場合、こういうエア・ポケット状態が一番危険です。やりたいことが無いのではなく、在り過ぎて、どれにするか、なかなか決められないで、どんどん日が過ぎてしまう状態です。かつて月刊『とれいん』で忙しかったころが特にそうでした。

土日も運転会の取材などで自分の模型の時間は取れないのが、ごくたまにポコッと体が空く時があると、その貴重な週末が貴重すぎて、どれに手を着けたらもったいなくないか、迷っているうちにどんどん時間が過ぎて、結局いくつかの箱を開けて、眺めただけで終わってしまう、の繰り返しだったのです。

なぜ、そうなるかいろいろ考えてみて到達した結論は、下ごしらえの時間を取らないから、取れないから、だ、ということでした。一日か二日を犠牲にして材料調達や下塗りなどをしておかないと、週末に充実した工作はできない。だから、軽工作といえども週末になってから、何をやろうか考えるのでは遅いのだ、ということです。

ただ、目下D&GRNでは、どうしてもここを優先して数ヶ月なり向こう一年を掛けよう、というまで意欲が煮詰まった場所が決められないでいます。どこも手を着けてみたい度が同じぐらい、手を着けること自体も周囲がある程度できているので、さほどに困難ではない。しかし、手を着けたら容易には終わりそうにもないのも同じくらい、という‥

ちょうど、昨年もこの時期がそうでした。それで、「とりあえず買ってある石油櫓を組んで丘の上に置くまでやってみるか?」と始めたところ、それが予想以上に上手くはまってくれたところから、未成だったジェッツ・ウェル―クレメンタイン間のほぼ完成まで一年がかり意欲が持続したのです。

では、続けてクレメンタイン駅構内のリフレッシュをやるか、となると、どうも惰性に流されて、単調なものにしてしまいそうなので(簡単にいえば、ほとんど同じ場所ばかり見つめているのにいささか飽きた)、あそこはしばらく冷却期間を置くのが懸命と判断しました。

結局、私のレイアウト・イメージの集積回路=気力のキャパシティーというのは自分の両手を拡げたぐらいx奥行きせいぜい50cmぐらいの面積であって、それを一杯に充電しては全放電、の繰り返しなのです。

で、気力が全充電されるまで、なにをやろうか考えるうち、ここ三年ほど車輛の新製をしていないことに気がつきました。私の場合、新製といっても古スクラッチは高校以後やったことがなく、もっぱらキット利用ですが、このところ簡単なプラスティック製の組み立て以外はずっとストラクチャーばかり組んで、合間に完成車輛の走行調整、長期休車の復活整備というパターンで過ごしてきています。

「ならば、久しぶりに、まじめに(?)に車体の組み立てをやるか、という気に、突然なりました。

ストラクチャーのキットというのは大概、車体よりもボリュームもパーツの点数も多くて、おなじ素材なら時間も気力も要るのですが、多少ゆがんでもそれがかえって実物らしさ、味わいになるし、多少狂っても、どこかで吸収して辻褄を合わせられる(起死回生の?)チャンスもあるものですが、車輛はコンパクトな中にもシンメトリーがきちっとしていないと組み立てのアラが目立ってしまうだけに神経を使います。

たまには神経を使う組み立てにも挑戦しないと、ますます人間がだらしなくなる、と自戒して、寸法精度においてはまず心配無用のレーザー・カット製品ながら、それを狂わせない(接着剤の分量や塗料の選択を間違えると危ない)ように、一応気を遣う窓物を組み始めました。

下塗りの乾燥待ちとか、本塗装の天気待ちということもあるだろうことを見越して、2種類を並行で手掛ける事に‥一つはクラシックストーリーが今春発売したHOn2.5「小坂鉄道ボギー客車ハ8」で、これは一気に4輌。もう一つは昨年の石油櫓と同じ、米国レーザー・キット社のHO「ミズーリ・パシフィック・ドロウヴァー・カブース」です。

小坂のボギー客車は、私が、日本国内の軽便鉄道用客車の中で、最も出来の凝った、美しい客車、と信じて疑わないもので、たしか明治末の汽車会社製だったと思いますが、少年時代のピクトリアル誌の中にあった小さな写真で初めて見て以来の憧れでした。開業当初の小坂鉄道に居たというポーターのDサドル・タンクがこの客車を牽いた姿はさぞ素晴らしかっただろうと思います。

いつか模型で欲しいと願い続けてきた、この客車ですが、小さな車体に飾りアーチの付いた窓を正確に切り抜くなどは私に出来るはずもなく、夢、夢、夢‥で半世紀近く過ぎてきたものを、クラシックストーリーの山川さんが見事なレーザー・カットで実現してくださったのは、途中嫌な思いも散々味わいましたが、それでも60過ぎまで生きた甲斐の一つでしょう。(人間、まじめに生きれば愉快二分に不愉快八分‥長生きにはそれなりのご褒美も無くちゃ、ね。D&GRNなぞは憂さ晴らしの堆積みたいなもんです)

私が日本国内の軽便鉄道の模型、といえば、まさか、と思われる方も多いでしょうが、実はいつの日にか、手ごろなパイクに造ってみたいテーマというのがいくつかあります。

岩手軽便(のちの国鉄釜石線花巻-遠野)もそのイメージの一つで、主役は日露戦争の陸軍安奉軽便から帰還して岩手軽便に移ったボールドウィンのCタンクで乗工社のキットはしっかり2輌確保してあります。これがNos.1,2で、No.3はこのほどモデルス・イモンから発売になった仙北鉄道のポーターCタンク(つぎの年金支給で購入をたくらみ中)。ここに使う客車に「小坂鉄道と同型車を汽車会社から購入」という想定で使いたいのです。

で、鉄道名もすでに決まっていまして「遠野軌道」。岩手軽便の遠野から出て、北上山地を尾根沿いに縦走するという想定で、まさに柳田國男の「遠野物語」の世界=渓流に河童が棲んで、農家の広間には座敷わらし、高いこずえには天狗の姿‥を走らせたいのです。

東北文学といえば、現地でも先ず宮沢賢治と石川啄木ですが、私はどちらも陰気に気負ったところがいま一つ、で、もっと気負いも悲嘆もなく、淡々と東北の民俗を語る柳田の筆致が好きです。

「遠野軌道」の実現はいつの日か分かりませんが、まず客車だけでも造っておこうかと入手したわけです。(これも「いつまでもあると思うな親と模型屋の在庫」です)

「ドロウヴァー・カブース」の方は、家畜を鉄道で大量輸送するようになって、「ローハイド」のカウボーイに代わって途中で餌や水をやる世話人(ドロウヴァー)がついていく必要がうまれ、そうした世話人の座席、簡易寝台の分、車体を長くしたカブースです。

大平原を横切ってシカゴ、カンザス・シティー、セント・ルイスなど家畜の集散地を目指す大鉄道には「ドロウヴァー・カー」は大概用意されていて、古客車を充てたところも多いが、このミズーリ・パシフィックのようにわざわざ一定数を新造したところもあります。

この「ドロウヴァー・カー」も私のコレクションのテーマの一つですが、ミズーリ・パシフィックのものは昔からその典型とされる割にブラスモデルに佳いのが出ていないので、これも最近発売のこのキットで、米国製レーザー・カット車体の組み立てに初挑戦です。

こうした木製車体は組む前に塗っていった方がいいのか、組んでから塗る方がいいのか、いつもながら迷うのですが、小坂改め「遠野軌道」の客車の方はニス塗りも併用して木目を活かしてみたいので、前者でやってみることにしました。今現在、ウレタンと天然系の油性ニスの重ねですが、まだこの上に赤みか灰色味を重ねるかもしれません。試行錯誤状態ですが、すくなくも実車どおりのぶどう色にしてしまうとせっかくの凝った造作が埋没してしまいそうで、こうした小さな車体にはもっと明るい色調がいい、しかし安っぽくしないためには‥と「遠野軌道」オリジナル色を模索しています。