2013.1.28

アメリカ型鉄道模型・連載コラム『モデルライフ』 Vol.50

10月もあっというまに終わりです。秋も「夜寒」を感じさせてくれるようになると、私としては一年のベスト・シーズンです。

昔ならば、これから10日ほど、花輪線竜が森高原のススキが金色に輝き、8620の煙も抜けるような晴天に立ち昇って、実に佳い撮影ができました。私の高校は「文化の日」を入れて3日間、文化祭があり、それが済むと教師の骨休めのためにまた3日の「秋休み」なるものがあり、それを利用して、文化祭の後片付けが済むと家に飛んで帰り、カメラを抱えて上野駅へ。急行「十和田」で早暁の盛岡に到着。そこで花輪線の一番DCに乗り換えると、岩手松尾で8620の三重連列車(実は前2台、後1台の運用を、花輪線管理所に前もって手紙を出して前3台にしてもらう、という裏技を使っていました)の発車に間に合うのです。

私の高校当時は、撮影旅行の途中で他のファンに出遭うこともほとんどなく、八六の特別仕立て三重連を独り占めとは、いま考えれば眞に贅沢な話です。一介の高校生でもひょんなことでできた縁がきっかけで、手紙1枚でそこまでしてくれたのですから、国鉄も田舎へ行けば鷹揚な時代だったわけです。

一丘すべてススキの原。あんな美しいススキはその後他所で見た記憶がありませんから、八六との組み合わせで、よほど印象的だったのでしょう。それにしても秋空を見上げただけで何十年も前の秋の思い出を楽しめるのですから、鉄道趣味は素晴らしいですね。

その後、あの花輪線のススキに匹敵するだけの素晴らしい秋景色に出遭った記憶もないのですが、今回のコロラド・ロッキーのアスペンの黄葉は、訪問中ずっと晴天だったこともあり、過去5回、9月のコロラド・ロッキーを訪ねた中でも最高の見事さ(過去より1,2週間遅かった)で、やっと花輪線級の秋を堪能できました。

米国へ行くと移動中や、撮影で列車を待っている間は、草木の生え方と岩の割れ方、崩れ方ばかり見ているのに近い日々を過ごすのですが、今回は特に草に注意が向きました。近年、欧米の草花製品が急速に種類が増え、また表現が細密になってきて、D&GRN建設の着工当時は着色おが屑か、せいぜい着色スポンジで表現するしかなかった草や花を格段にリアルにすることができるようになったからです。特定の植物名で発売されるものも増えてきています。

車輛の細密化も行くところまで行って、ストラクチャーのありとあらゆる種類の建物が製品化、あと、行くところは草木の細密化しかない、と考えられはじめたのでは?と思われるほどです。

大げさでなく、米国ウォルサーズの2012年版カタログを見ると、車輛の欄もストラクチャーの欄も目を惹くような新製品は無いのに、急に増えた感じのするのは草木です。ちょっと覚えきれないほどの品種になってきています。そのほかにウォルサーズでは扱っていませんが私が日本への輸入を手伝っているミニネイチャー社の製品も新種が増えていく一方。こちらは仕事でもありますから、その使い道に通暁していく必要もあります。

というわけで、コロラドに居る間中、眼前の素晴らしい光景に惹かれる一方、早く帰って、忘れないうちにこの草の生え方を再現したい、という衝動にも駆られていました。

米国へ出る直前から、私が事務局長を務めているJAMで来年以降、夏のコンベンションの会場を、同じ東京ビックサイトながら、従来の1.3倍広い東館第4ホールに移す計画が具体化しはじめ、帰国後もそのことで至急動かなければならず、なかなか落ち着いて自分の模型がやれなかったのですが、10月の半ばからようやくボツボツD&GRNでの製作を再開しました。そこでこのところ集中しているのが、30年も前におがくずと着色スポンジで植えた場所を中心とする草の更新、植え足しです。

草植えというのは、同じ作業の繰り返しで、やってもやっても大して進んだように見えず、また、植え足し、更新といっても、現状でもそこそこ感じは出ている、と思う場所をさらにいじる、というのは具体的にイメージが浮かびにくい、とつい1日延ばしにしてしまいがちなのですが、そこはロッキーの旅で受けた刺激を追い風に手を着け始めました。

このところ出てきているHO用の草花製品に共通しているのは、以前のように葉をブロックで表現するのではなく、茎の1本ずつを分けて見せている、ということです。何でも茎を1本1本分ければ実感的か、といえば、そうともいえない、下手をやると却って玩具っぽくなってしまう、というところもあるのですが、こういう新タイプを加えてみると、遠目にも風景がより立体的になることは確かです。まさに亡父の口癖であった「銭は只取らねーよ」(凝ったものは値が張ってもそれ以上の結果をもたらす、という意味)です。

レイアウト全体を一度にはできませんので、いまはとりあえず3箇所の部分を、飽きたらほかに移る、ということで回遊しながら植えています。盆栽いじりではありませんが、その方が一つところに集中するより、効果を確かめながらやれるからです。一度に1箇所だけ集中して植えると、どうしても同じ材料、製品ばかりを使ってしまいがちで、従って植えた結果も立体感が失われやすいようです。少し植えたら日を置いて眺めてみると、物足りない部分、不自然な部分が見えてくるものです。

今日の写真はエレン・メサのループ線の斜面。今週「開花中の野草」と「タンブルウィード」を足したところです。

主役は「ヤッカ」。尖った硬い葉が放射状に伸び、背の高い花茎に房状に白い花をつけています。ユリ科の植物で、日本では「ユッカ」という読み方がされていますが、現地の発音では「ヤッカ」が近く、葉の外周から出るひげ状の繊維を使って、インディアンは布に織り、サンダル、バスケットを編みます。葉や根は薬用にも使います。バッファローの皮と並ぶ生活の主材といえます。アリゾナ、ニュー・メキシコ、コロラドには高地まで自生していて、先日お届けした「ブロー・オフの虹」の写真の中にも断崖の肩の線路脇に葉が写っています。

黄色い花は「イエロー・ブッシュ」。この写真ではよく判らないかと思いますが、地面に転がっているマリモ状の物体は「タンブルウィード」。西部劇映画の決闘シーンなどで、風に乗って地面を転がる枯れ草様の植物ですが、あれは実は枯れ草でなく、菊の仲間で、根を空中にさらして栄養を取っている、エアー・プランツです。中国の西域砂漠にも同じようなものがあるらしく、杜甫でしたか李白でしたかの詩に「孤蓬(こほう)万里を往く」とあるのが、それだそうです。「蓬は根無し草のこと」と高校の漢文で教わり、「つまり西部劇に出てくるアレか!」と思いました。「蓬」は日本では、ヨモギで野菊の仲間です。キク科の植物には乾燥に強いものがあるようで、西部の荒地には小菊の類がよく咲いていますし、そもそもサボテンがキク科です。

これらは最近発売された「クリエーティヴ・アクセンツ」という米国の小メーカーの製品で、手造りらしく、パッケージには「ビル・ランクフォード」という作家名(?)がついています。

このメーカーはまだウォルサーズでは扱っておらず、シーニック・エクスプレスというレイアウト用品専門の販売会社から入手しました。この会社は店舗は持たずに、各地で開催される大小の鉄道模型ショウへのブース出展と通販だけで営業していますが、毎年オリジナルのカラー・カタログを出しているほどの大手です。

社長のジム・エルスター氏は米国のコンベンションでしばしば会って旧知の間柄ですが、今年夏、JAMコンベンションを視察にひょっこり来日し、私のブースでうれしい再会となりました。そのとき渡されたカタログ最新版に、この「サウスウエスト・デザート・シリーズ」を見つけた次第です。

画面下隅に低く白や赤の小花をつけている野草は特定の種の再現ではありませんが、西部に行きますと、水のほとんど無い荒地にこうした小さな花が健気に咲いているのをよく目にしますので、ミニネイチャーの製品から選んで使っています。葉の緑が控えめのものは赤みがかった地形では、過剰に存在を主張せず、使いやすいものです。

斜面の右上寄りには、『とれいん』通巻xxx号のD&GRN鉄道紹介に載せたスカンクが依然元気で尾を立てています。新額堂の引き出しから連れ帰ったものですが、もう何歳になるのでしょうか?

こうしてシーナリーをリフレッショしてみて、改めて、レイアウトっていいなあ、とおもいました。一度地面さえ造ってしまえば、こうしていつまでも生命を吹き込んでいけるのですから‥

固定レイアウトのような大きな場面ばかりでなく、モジュール・レイアウトでも、セクションでも小型パイクでもディスプレーでも、「一度仕上げたら完成」ではなく、年を追う毎に小物や植生を加えていくと、その都度作者の感性も変化していきますから、一度にその時の視点から仕上げたのとは違う重層性が出てきて、満足度、愛着をも更に深くすることと思います。 

どこからか種が飛んできて、今年からこんな花が咲くようになりました-なんてストーリーを心の中で語りながらやると、小さなリフレッシュ工作もレイアウト・ライフにいい刺激を与えてくれるでしょう。

ついでながら、今日の画面の機関車は、この9月にP.S.C.社から新発売になったテキサス・アンド・パシフィック鉄道の4-8-2、M-1クラスです。

1925年のアメリカン・ロコモーティヴ社、通称アルコのスケネクタディー工場製ですから、ちょうど、日本の国鉄向けに輸出された8200クラス、のちのC52とほぼ同時期の産です。そう知ってみると、面差しに何となく似たものが感じられます。キャップ付き煙突が共通しているだけに、余計そう見えるのでしょうか?

この次期、アルコは、目に刺激的な特徴はありませんが、実にしっとりとした落ち着き、優雅さを感じさせる4-8-2の名品をいくつか生んでいます。T&PのM-1と同じスケネクタディー工場からは1927年にセントラル・ヴァーモント鉄道U-1aクラス4輛、ブルークス工場からはエル・パソ・アンド・サウスウエスタン鉄道が発注しながら、完成時には合併でサザン・パシフィック鉄道に納品されて同鉄道のMT-2クラスとなった6輛がそれです。

いずれもテンダーのスカイラインを炭庫から水槽上面に落とす落差とえぐり込みの具合が大胆で、この辺りに実用本位のボールドウィンやライマにはできない遊び心が発揮されています。

日本では残念ながら、米国型蒸機ファンといえども1940年代に入って造られた超大型機、それもユニオン・パシフィックやチェサピーク・アンド・オハイオ鉄道、デンヴァー・アンド・リオ・グランデ・ウエスタンのもの、それにサザン・パシフィック鉄道では「デイライト」牽引のカラフルな流線型、GS-4クラスぐらいしか興味は持たれません。本当は1910-1930年の間に登場した罐に、眺めて飽きないのがいろいろあるのですが‥