アメリカ型鉄道模型・連載コラム『モデルライフ』 Vol.48



この配信も、米国旅行から帰って以後、模型の話題から遠ざかってしまっていましたので、ちょっと戻りましょう。

我が家にも事務所にも、このうえ物を持ち込むスペースなど無く、「もう車輛は増やす余地が無いのだ、第一、まだ走らせたことの無い車輛が山ほどあるではないか!ご先祖様に申し訳ないと思わないのか!持っていないからといって何不都合があるんだ!」と、理性は叱るのですが、そこが病気なんですね。よそう、よそう、と思いつつも、じわっ、じわっ、と保有車輛が増えています。

正直に言っても、「数を増やして記録を作りたい」とか「自慢したい」とかいう気はさらさらないのですが、「あれは模型にして走らせたら、どう見えるのだろう?」「こんな編成を組んだら、どうみえるのかしら?」「こういう重連にしたら、レイアウトでどう映えるかしら?」というような好奇心がつい湧いてしまうと抑えきれなくなる、その結果で、金銭的にも物理的にも家を傾けているわけです。

加えて、私には大変困った性癖があります。オーソドックスなものだけで満足していればよいものを、「変なもの」「常ならぬもの」に反応するのです。つまり、変形機とか改造車とか、おかしな形のものが大好きなのです。

その最たるものが、米国サザン・パシフィック鉄道の、蒸機のくせに運転台を先頭にしている「キャブ・フォワード」で、これだけでも、古いのから新しいのまで、歴代各形式の比較、それに「シェラ・ネヴァダやカスケード越えの前、中、後、3台運転」とか「重客車寝台急行オウルの重連牽引」とか、理由をつけては40年も集め続ければ、そりゃ数も増えますわ。

もともと日本型蒸機よりも米国型蒸機の方がはるかに好きだった私が、国鉄蒸機の装備の違いに一般以上に詳しくなってしまって、その手の解説を記事や本にするようになったきっかけも変形機への興味でした。「C59のなかに変な窓のが何輌もいるようだ。あれはなぜか?」とか「C62に砂撒き管がボイラー・ケーシングの中にあるのと、外に出ているのがある。なぜか?」とかに気付いても、それが雑誌のどこにも書いていない。「これは自分で調べるしかない」ということから、つぎつぎと関連して調べ、整理するうちに、国鉄蒸機外観変形史のような知見がまとまってしまいました。

高校1年の冬休み、関西から中国地方を一周する撮影旅行に出ましたが、その最初に行ったのが吹田機関区。何を見にいったのか、といえば「デフ無しのD51」というのですから、私の変形機愛好のほどが判るでしょう。

これはその数年前に、TMSに出たカツミD51の改造競作にそれを作った方があって、それは半流、いわゆる「ナメクジ」のデフ無し改造機でしたが、その実物を見たくて、初めての大阪、土地不案内の中を吹田まで行ったのです。

そもそも私の蒸機との出会いそのものが、最初は汐留のB6とか、品川の8620、C10といった入換専用機で、父もHOでは天賞堂の0-8-0スイッチャーを一番評価していましたから、昔もいまも「ヤード・ゴート」=入換専用機の存在というのは私には大変刺激の強い存在です。

そういう枕がある中で、2002年の1月、井門義博氏に、中国は内蒙古の集通鉄道に連れて行っていただきました。そのころ、実物の蒸機を追いかけるのにはほとんど熱の冷めていた私は井門さんのお誘いがなければ、ついに中国の蒸機は見に行かなかったことでしょう。ですから貴重な体験と、私としてはおそらく最後の体験に終わるだろう現役蒸機重連の通常運行撮影の機会を与えてくださった井門さんにはただただ感謝、なのですが‥

その撮影行で訪問した大板(ダーバンと読む)機務段で、私にとってはとんでもないものを見てしまったのです。

「デフ無しの前進型」

中国国鉄の「前進型」というのは、もともとソ連の「エリ級」という2-10-0が現設計で、それの火室を延長して2-10-2に設計変更して新造した「エリベー級」の図面や治具が中国に提供されて、トンネルなど中国の建築限界に合わせてボイラー中心を低めた上で大量増備されたものです。

通常の「前進」はコルゲート付の大型デフレクターを煙室の両脇に立てていて、それがアクセントになっているのですが、デフを取り去ってみると、まさに「エリ級」の面影が蘇って、アーノルト・シュワルツネッガーの風貌を思わせるソ連のテイストそのもの、ブッキラボーな精悍さが溢れていました。

井門さんのお話では、それは入換専用機で、大板のように大規模ヤードに隣接した機関区には大概1,2台配置されている、とのことでした。

「2-10-2の入換機でデフ無し!」刺激的なことは吹田のD51以上です。6軸テンダーの入換専用機なんて!

しかも、大板のデフ無し機は、キャブの側窓も「前進」の標準である、「嵌め殺し窓+防寒出窓」ではなく、側板の長さ一杯に開口部を拡げ、「1枚固定+1枚引き窓」の2枚構成の大窓にした変形機でもありました。「前進」の初期車なのか、入換作業の展望を良くするための改造車なのか?これも井門さんによれば、「由来はわからないが、稀に同じものを見る」とのこと。たしかに帰国後見せていただいた、弟さんの井門憲俊氏が内蒙古のほかの機務段で写された廃車体もデフ無しで、この二枚窓キャブでした。

好き好きでしょうが、元来何によらず大窓が好きな私にはこの「大型二枚窓」もたまらない魅力です。

これを間近に見たのは夜でしたが、翌日の午後、マイクロバスで大板を去るとき、車窓遠く白土の原野の向こう、工場か何かの引込線で同じ罐が入換をしているシルエットが見え、その孤影の剽悍さにますます惚れ込んでしまいました。

ご存知のようにModels IMONの製品にはHOのブラスモデルで「前進型」があり、集通鉄道の「6軸テンダー仕様」は「スタンダードC」に当たります。

中国から帰国して以後、それを使って「前進」の「広窓デフ無し入換専用機」が作りたくて仕方がありません。

当時すでに本線運用の重連運転用として、IMONの「前進」は2台持っていましたが、常に「改造用に3台目を買うか?」という誘惑が頭の片隅を渦巻くようになりました。

とはいっても、毎年米国でブラスモデルの数年来予約してあったのが発売されるのを引き取らねばならない、同じIMONからは、これも小学校当時から憧れの満鉄ミカイが数仕様発売にもなる、などがあって、予算はそちらに回り、「3台目の前進型」購入はついつい延び延びになっていました。

しかし、そうこうするうち、同社の店頭にも「スタンダードC」の姿を見なくなってしまいました。「親と金」のほかに「まだある、と油断すると無くなる」のが「店頭のブラスモデル」なのです。これには過去にも苦い思いをしていますので「ひょっとしてミスったか!」と心配になりはじめました。

この秋、慢性金欠症の私としては極めて珍しいことですが、米国に旅行してもまだ機関車1台分、懐に残る、という異常事態が生じることがわかりました。きっとどこかで見落としている支払予定があるはずですが、この際、それは目をつむってしまおう!出てきたら出てきたときだ!

意を決しIMONに問い合わせると、「スタンダードCは残り僅少ながら、まだかろうじて在庫がある」とのこと。ここがもう見切りのつけ時、と購入しました。中国型などという特殊ジャンルは確信的ほれ込みで買われるので、売り切れたら中古市場で入手するのは困難と考えなければなりません。

これが先週の私のモデル・ライフ一番のニュースです。買ってきて、さっそくデフを外しました。ビス止めになっていますので簡単な作業でした。大板で見た通り、米国型でも欧州型でもない、ソ連の無骨なテイストが現れました。「レッド・ブル」と渾名を付けましょうか?

「キャブの広窓化」はどうやってやるか、いま思案中です。

「いまでの2台は前重連で、デフ無しを区間後部補機にして‥」半世紀近く前のTMSのD51三台競作の記事の刺激がまだここにつながっています。