アメリカ型鉄道模型・連載コラム『モデルライフ』 Vol.79

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「レイアウト製作は難しそうだ、どこから手をつけていいか分からない」とは日本の模型界でしばしば耳にする会話です。

「そりゃ、いつまでも手を出さないで、ふんぞり返っていたって、レイアウトは自然に生えてくるものじゃ、ありませんよ、とりあえず手をつけてみないことには‥」というのが、私の心のつぶやきですが、敢えて同情的に理解するなら、「車輛と違って、手近なよりどころが無い、完全に感覚世界のものだから、マニュアルに頼る気持ちが強いうちは無理なのだ」ということはあるでしょう。

ですから、TMS誌を何十年も読んでいるのに、一向に手を出せない方もある一方で、専門誌などほとんど読んだ事がなくとも、模型店で材料を見ただけで、すらすら造ってしまう若い人も出てくるのです。

感覚、感性さえ磨いていれば、技術、技法はあとから自ずと附いてくるものではないでしょうか?そんな感想を持っています。

レイアウトのシーナリー・デザインは、自然を観察して、切り取って、圧縮する作業です。ですから、視覚記憶をたくさん持っているかどうか、が決め手になります。

樹木の生え様、物の置かれ様、人の立ち様‥人の姿勢には必ず理由があるし、歩道の人の流れにさえ、そうなる必然というのがどこかにある‥

ですから、車輛ばかり見て、周囲を見ていないと、レイアウトはまとめられない。日本のモデラーが一般的に「車輛にはこだわるのにレイアウトに弱い」理由はここにあるのではないでしょうか?一旦、「車輛は飾り物」くらいに割り切ってみると、「レイアウトが見えてくる」のかもしれません。

レイアウト工作には、車輛製作と違って、0.1mm以下を争うような鍛錬はまず要りません。切断も接着も穴あけも、小学校の夏休みの工作の延長程度の精度で事足りてしまいます。となれば、あとは「風景に対する観察力」に掛かっている、ということになりませんか?

私のレイアウト経験を振り返ってみますと、蒸気機関車を追いかけて鉄道写真を撮って回ったことは非常に栄養になったと思われます。大都会のど真ん中に生まれ育って、自然とか田園風景とかにほとんど無縁だった私に、あちこちを旅行し、線路を歩くこと、野山で長時間列車を待つこと、で、地形というのはどう流れるか、集落というのはどう形成されるのか、という勉強をさせてくれました。実際に見るばかりでなく、他の人の撮った写真からも、風景が読めるようになりました。

そうした経験を通じて、ある風景を、そのまま写し取る、ということではなく、その風景を成り立たせている自然なり人間社会なりの基本構造、骨組みを掴む、ということが大事なのだと分かりました。さらには、そうしたものは、規模の違いはあっても、理屈としては日本でも外国でも、さほど違わないことも‥

ですから、私のD&GRN鉄道には米国の風景になぞらえていながら、実は上目名も狩勝峠も奥中山も平機関区も貝島炭鉱も雄別鉄道雄別炭山も、エッセンスとして入っています。

今週は先日のキャス行きに同行した家内の撮影分の添削をさせられていました。一昨年のコロラド撮影旅行で何枚かものになるショットが撮れて以来、彼女は突然写真撮影にはまってしまいまして、こちらはすでに現役引退気分になっているのに反比例して独りテンションを上げています。

撮影現場に着いたら、すぐ脇に置くと、列車が画角の中に入ってから「オート・フォーカスがいうことを聴かない」とか「設定、これでいいの?」とか気を散らされるので、自分で場所を選ばせて、放っておくのですが、「煙の流れ方や車体の反射に対応できなくなるから」と教えて、日のある内は私同様、三脚は絶対に使わせません。キャスでの撮影会参加はこれで3回目です(ちなみに参加費、飛行機代は毎回私が払わされています)が、今回は暮れにヘソクリで買ったドイツ製高級コンパクト・デジタルカメラ持参だけに鼻息もいつもに増して荒く、並み居る白人鉄道ファンを掻き分けて、結構一人前に撮っていました。

今日の写真は、その家内の作品の一枚です。広葉樹主体の森というのは、相当多岐に亘る階調の緑で構成されているのが、よくご覧いただけると思います。レイアウトでも一色のライケンでベタっと埋めてはいけない、ということですね。

今回の発見ですが、家内の方が、外人との会話に物怖じしないですね。普段日本の男とでも相手の言い分には耳を貸しませんから、自分の言いたいことを通じさせるには、相手が外人だろうと関係ないのです。しかも、アメリカ人は女性には気遣いする教育が身に染み付いていますから、撮影会スタッフも顔なじみの彼女には皆、よく面倒をみてくれますので、「韓流なんて馬鹿くさくて‥」と、キャスに、はまっています。

アメリカ型鉄道模型・連載コラム『モデルライフ』 Vol.78

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5月17日から23日まで、ウエスト・ヴァージニア州のキャス(Cass)に行ってきました。毎年5月下旬の週末三日間、山開きを兼ねて行われるキャス・シーニック鉄道の撮影会「レールファン・ウイークエンド」に、今年も現地に別荘を持つ友人、ジョン・グラーブ夫妻が誘ってくれました。

ジョン・グラーブ氏は米国のHOブラス・モデルの研究家で、彼の著書『ブラウン・ブック』はブラス・モデルの愛好者にはまさにバイブルともいうべき貴重な業績です。昨年は夫妻共に体調を崩したために一年お休みとなりましたが、すっかり元気になったとのことで、そのお見舞い方々、お誘いをお受けしました。いつもどおり、ワシントンD.C.のダレス空港で拾ってもらい、そこから4時間余りのドライヴで、アパラチア山脈の真っ只中、キャスへ‥一昨年末に夫人が大きな手術をされたので心配していましたが、夫妻共に元気な姿を拝見できたのが何よりでした。

キャス・シーニック鉄道は昭和30年代まで実際にシェイ・ギヤード機関車を使って運材していた林業鉄道がそのまま観光鉄道になっていて、全米最急の勾配(標準60/1000、最大110/1000)と2段のスイッチ・バックをいまも5台のシェイ式と1台のハイスラー式歯車蒸機で運行しています。普段の運行(5月末から10月中旬)は安全のために遊覧客車を推進して登っていきますが、この「レールファン・ウイークエンド」の三日間だけは、機関車を先頭にした牽引で山中を巡り、大勢が降りられる、比較的開けた場所で撮影用の走行を繰り返します。

もちろん列車に乗らずに、自分が狙いをつけたポイントで待ち構えるのは自由ですが、この鉄道は自動車で行くにも、道路はほとんど並行しておらず、公道の踏み切りはまだ低い地点に2箇所あるきりで、そこから先は途中地点のウイタッカー駅まで自動車は入れますが、個人所有の農場を通過させてもらわなければ行けませんで、それはその日の農場主の気分しだいで入口に鍵が掛かっていなければ、の場合。ですから、ここぞ、という場所に確実に行くには、暗いうちに麓を発って線路を歩いて登ることになります。

といっても、昔、ウエスタン・メリーランド鉄道の支線につながっていたスプルース・ジャンクションまでのメインルートが約13km、ボールド・ノブまで元伐採線が約7kmで、その分岐点であるオールド・スプルースまで、キャスから11kmは私も2回に分けて徒歩で踏破済みです。阿里山森林鉄道の、本線だけでも70km、に比べれば路線規模は遥かに小さいものですが、かつて米国各地に無数に存在した林業鉄道の中でさえ、これほどの急勾配を持ったものは意外なほど僅少でした。逆にいえば、あれだけの路線規模と壮絶な線形、機関車数を持った阿里山鉄道は、世界にちょっと例の無い森林鉄道だったことになります。

キャス・シーニック鉄道の好いところは、誰が乗っても飽きない、程よい距離の間に、シェイなど歯車駆動式蒸機を使った当時の米国の林業鉄道がどのようなものであったか、のエッセンスが詰め込まれていることだと思います。この鉄道は、現在はウエスト・ヴァージニア州の州立公園となっていて、鉄道の運行も州直営の観光事業として行われているのですが、その割には「レールファン・ウイークエンド」の期間中、駅構内も機関庫も修理工場も事実上立ち入り自由で、まるで昔の北海道の私鉄や専用鉄道を訪問しているような気儘な撮影を満喫できます。給水、給炭、注油といった作業も間近で眺めることが出来ますし、乗務員たちも気さくに質問に応じてくれます。「レールファンは安全に関する自己責任を充分わきまえているもの」という信用を鉄道側が認めてくれている証で、それが何より嬉しい限りです。

今回の「レールファン・ウイークエンド」に牽引機として使用されたのはいずれも3台車のシェイ式で、車齢110年に近づいた最古参のNo.5、新造では世界最大、わがC62とほぼ同等の運転整備重量を持つ元ウエスタン・メリーランド(WM)鉄道No.6、女性ファイアーマン、 アミ―が活躍するNo.11。初日の朝のキャス駅構内での撮影には、アーチ窓の美しいキャブを持つNo.4が運材貨車を牽いてこれに加わりました。(アミーとキャスの機関車たちについてはプレス・アイゼンバーンの最新刊『忘れ得ぬ鉄道情景』の中に私が紹介記事を書いていますのでぜひご覧ください)

5月下旬のキャスはまだ天候の変化が激しく、「レールファン・ウイークエンド」も毎年必ず一日か二日は雨模様か曇天となるのですが、今年は「この催事の歴史上初めて!」と関係者も興奮したほど、三日間朝から晩まで快晴に恵まれ、風も穏やかで、撮影条件は最高でした。

撮影会には、私たちの足となる遊覧列車編成のほかに、往時の貨物列車を再現した、撮影用の編成が仕立てられますが、ことしの二日目は例年の運材列車ではなく、歴史的には運炭支線専用であったWM鉄道No.6、通称“ビッグ・シックス”に、その歴史背景にふさわしくホッパー車、タンク車、長物車、カブースを連結した一般貨物風の編成を牽かせてくれましたので、雰囲気の出た、佳いカットが沢山撮れました。

WM鉄道No.6は、そのHOモデルが、中学2年の頃でしたか、私が最初に入手できたシェイであり、当時実機はボルティモアの鉄道博物館に静態保存されていまして、まさか自分のカメラでその力走を写す日が来ようとは夢にも思いませんでしたから、人生のめぐり合わせの不思議に改めて感嘆した次第です。